今日から生まれ変わる。
もうこんな日常からはおさらばしたい。
何をやっても上手くいかなかった日々。
思い出すだけでも泣けてくる。
神様はきっといる。
今日の戦いの場は自動車設備製造会社だ。
落ち着いて履歴書と職務経歴書を見直す。
大丈夫だ、面接対策も十分にシュミレーションした。
よし、行こう。
今日中に目指すはあの山のてっぺん。
明日の面接会場に向けて俺はリュックを背負って歩いている。
交通機関を使うことなく歩いて山を越えようとしている。
かっこいい。
俺が女なら確実に惚れる。
ちょっとしたヒーローである。
まぁ落ちたら目も当てられないのだが。
西日が眩しくなってきた。
登り切ってやる。
標高320mのそれは大きな壁となって立ちはだかる。
非常食として様々なモノを取り揃えた。
ガム、カップ麺、きなこ棒、クッピーラムネ、アンパン。
1日くらいの遭難なら耐えられる。
勿論その時には人生にも遭難するのであるが。
これしきの難関を突破出来ないようでは明日の面接は受からない。
それほどまでに厳しい戦いが待っているのだ。
自動車の設備についても詳しく勉強した。
多分、俺に死角はない。
あるとすればこの行脚だけだ。
俺は勇敢な挑戦者だからいとも簡単にこのミッションをクリア出来るはずだ。
自分に言い聞かせる。
のどかな田園風景が広がる中、村人がたわいのない会話をしながらこちらに向かってくる。
俺は挨拶をしたのだが怪訝な顔をされた。
こんな田舎にアンパンマンの着ぐるみをまとった見知らぬおっさんが歩いているのだからしょうがない。
通報、というキーワードがガンガン後ろから聞こえてくるがあえて無視しよう。
警察が来る頃には多分ドキンちゃんあたりがいい感じにしてくれているはずだ。
気分はバイキンマンを倒すアンパンマン。
高揚した気分を抑えつつ俺は山に登り始めた。
痛い、ハムストリングが痛い。
まだ3歩ほどしか登っていない。
にも関わらず俺のハムストリングは悲鳴をあげている。
しょうがない奴だ。
少しだけ水で濡らして冷やした。
いける、今なら置き去りに出来る。
颯爽と走り始めた途端、お腹が鳴る。
しょうがない奴だ。
少しだけアンパンを頬張る。
美味い、染み渡る。
心が洗われるようだ。
2,3分休憩した後、全力疾走を仕掛けた。
が、転ぶ。
ダメだ、ダメだ。
体がある程度の休息を欲している。
しょうがない奴だ。
俺は道路脇にテントを張り、しばしの休息を貪る。
戦い疲れたヒーローはそのまま静かに眠りに落ちた。
深夜に目がさめると周りには村人が集まっていた。
大人しくしなさい、とその中の誰かに言われている。
何だこれは。
まさか俺は捕まってしまうのか。
マズイな、策を考えねば。
俺はみんなに聞かせるよう大きな声で転職活動の道中であることを明かす。
誰も納得しない。
それどころかみんな身構えだした。
おいおい、面接官じゃなくて村人がバイキンマンかよ。
俺はアンパンマンよろしく正義の鉄拳をふりかざした。
鈍い音がそこかしこに響き渡る。
ビリッ、背中に電気が走る。
やばい意識が朦朧としてきた。
それから10年。
俺はまだ牢屋から出られていない。
当面のバイキンマンは刑務官である。
弁護士から聞いたが、ドキンちゃんは既に結婚して子供も2人いるそうだ。
俺は負けない。
いつかあの山を登ることが出来るその日まで。