今日から生まれ変わる。
もうこんな日常からはおさらばしたい。
何をやっても上手くいかなかった日々。
思い出すだけでも泣けてくる。
神様はきっといる。
今日の戦いの場は文房具メーカーだ。
落ち着いて履歴書と職務経歴書を見直す。
大丈夫だ、面接対策も十分にシュミレーションした。
よし、行こう。
それにしても俺が文房具メーカーに就職しようなんて思うとは。
就職してから20年。
俺も既に35歳だ。
鉄くず売り一筋で頑張ってきたが、流石にこの歳になってお馴染みのセリフをスピーカーごしに大音量で聴き続けるのはきつくなってきた。
安定した収入が見込めず、ドロップ飴でしのいだ夜を思い出すと今でも心に動揺が走る。
あれは確か、夏の暑い夜だったと思う。
道に何か落ちてると思い、軽トラックを止めて確かめてみたら分度器だった。
小学校以来に見た分度器はそれはそれは小さなもので手の中にすっぽり収まってしまった。
ゴツゴツした手に分度器。
似合わねえなぁと思いながらも何となく拾って持ち帰った。
家に帰ってから久しぶりに色んな物の角度を測ってみた。
なんか凄く楽しくて切なくて。
小学校の学友達の映像が頭に流れ込んできて、温かい気持ちになった。
あの時、俺は確かに輝いていた。
一体いつからこうなってしまったのだろうか。
転機という転機もなくこの歳まで惰性で生きてきた。
これも運命かもしれないと思い、きっかけとなった分度器を作っている会社を徹底的に調べた。
意外にも、3社しか該当しなかった。
その中から受付嬢の見た目だけで選んだのが今日の面接する会社だ。
どんな未来が待っているのかワクワクする。
多分、俺は受付嬢と恋に落ちるのだろう。
言った言わないの喧嘩を何度かして、お互いに分かりかけた時に恋のライバルが登場して泥沼のやりとりの末、結婚まで至るのだろう。
子供は2人欲しい。
出来れば男の子が先に生まれて、女の子が後に生まれて欲しいな。
妄想ではなくこれは決まったこと。
今はまだ他人の2人だけど時間が経てば俺のシナリオ通りの展開になる。
そのためにはまず今日の面接を成功させなければ。
受付嬢、待ってろよ。
そして俺は受付に来た。
面接に来たことを受付嬢に告げる。
近くで見ると凄く可愛い。
これが俺の嫁さんになるのだ。
俺は叫びたい衝動にかられたが抑えた。
まだだ、まだ耐えろ。
受付嬢の笑顔に癒されながら、ふと左の手の薬指にはめられた指輪を見た。
恐る恐る聞くと、既に結婚済みらしい。
その後のことは覚えていない。
シャバに出る日はいつになるだろうか。